「軽症だから様子見」と言われたあなたへ― マクロ視点とミクロ視点をつなぐ睡眠医療の考え方
睡眠時無呼吸症候群(OSA)の検査を受け、
「軽症ですね。しばらく様子を見ましょう」と言われた。
しかし、
・朝すっきりしない
・日中の集中力が落ちている
・いびきを指摘されている
・なんとなく体調が整わない
そう感じている方も少なくありません。
その違和感は、決しておかしいものではありません。
一般的に軽症の判断は、1時間あたりの呼吸トラブルの回数から算出された
数値的指標(AHIやREI)に基づいて行われます。
AHI:Apnea-Hypopnea Index(無呼吸低呼吸指数)
REI:Respiratory Event Index(呼吸イベント指数)
なお、CPAPの保険適応は、AHI20以上またはREI40以上と定められています。
しかし、このような数値的指標による評価は、睡眠時無呼吸症候群の一側面を捉えているにすぎません。
そのため、本来は、症状・合併症・患者個々に異なる病態、生活習慣などを含めた多面的な評価が必要になります。
■ 軽症OSAは“少数派”ではない
世界的な推計によれば、日本では
・AHI 5以上(軽症以上):約2200万人
・AHI 15以上(中等症以上):約900万人
と報告されています。
Benjafield AV et al. Lancet Respir Med 2019;7:687-698
つまり、AHI 5–14.9の軽症OSAだけで約1300万人にのぼります。
「軽症」と呼ばれている人は、決して少なくありません。
では、この1300万人をどのように考えるべきなのでしょうか。
■ マクロの視点:なぜ“様子見”になるのか
軽症OSA(AHI 5–14.9)では、高血圧リスクの上昇が報告されています。
Peppard et al., NEJM 2000(Wisconsin Sleep Cohort Study)
Nieto et al., JAMA 2000(Sleep Heart Health Study)
しかし、メタ解析レベルでは、
「軽症OSAは必ず治療すべき」と断言できる強い根拠は十分とは言えない
というのが現状です。
医療は限られた資源の中で成り立っています。
重症例や明らかな合併症を持つ方を優先するという判断は、
マクロ視点(集団の最適化を目指す視点)では合理的です。
ガイドラインも、社会全体そして医療経済を見据えた設計になっています。
この考え方自体は、決して間違いではありません。
■ しかし、あなたの“困りごと”は集団平均ではない
睡眠は、統計ではなく毎日の体験です。
同じAHI 5–14.9回/時でも、
・自覚症状がなく何も困っていない人
・生活の質が明らかに低下している人
は存在します。
AASM(米国睡眠医学会)の成人OSAに対する陽圧呼吸療法の治療ガイドライン
SP Patil et al. J Clin Sleep Med. 2019;15(2):335-343
では、CPAP治療の推奨は
・過度の眠気
・睡眠関連QOLの低下
・高血圧などの合併症
といった症状や併存疾患を重視しています。
つまり、AHIやREIという数値的な指標だけで治療適応を決めているわけではない
ということです。
■ マクロ視点(集団の最適化を目指す視点)から見落とされがちなタイプ
軽症とはいっても、
・REM睡眠中だけ悪化するタイプ
・仰向けでのみ悪化するタイプ
・覚醒しやすいタイプ(低覚醒閾値)
・鼻閉が強い
・扁桃肥大や解剖学的狭窄がある
・軽度の肥満
・性ホルモンの低下に起因するタイプ
といった、病態の異なる症例が混在する集団です。
AHIやREIという単一の数値的指標による判断では、
こうした“質的な違い”が埋もれてしまうことがあります。
■ 耳鼻咽喉科的評価が意味を持つ理由
軽症とされる方でも、
・鼻閉が明らかに強い
・慢性的な口呼吸
・扁桃肥大
といった所見があれば、改善できる要素は少なくありません。
つまり視診で見える範囲の評価を組み込むだけで「様子見」以外の選択肢が存在する
場合があります。
これはマクロ視点の合理性を否定するものではありません。
むしろ、
マクロの視点(集団の最適化を目指す視点)を理解したうえで、
ミクロの視点(個々の最適化を目指す視点)を丁寧に組み込んでいくことが重要です。
■ 軽症=“問題がない”ではありません
軽症は安心材料かもしれません。
しかし、それが「あなたの困りごとは重要ではない」という意味に
なってしまっては、本来の医療とは言えません。
軽症OSAは、全員治療が必須ではありません。
しかし、
・症状がある
・生活の質が落ちている
・合併症を抱えている
のであれば、治療の要否を再評価する必要があると考えます。
■ 最後に
睡眠医療には、
・集団の最適化を目指す視点“マクロの視点”
・個々の最適化を目指す視点“ミクロの視点”
の両方が必要です。
「軽症だから様子見」と言われた。
それでも、もしあなたが困っているなら、その感覚は無視できるものではありません。
数字と症状の両方を見ながら、
あなた自身の睡眠を考える。
それが、本来の睡眠医療のあり方だと私は考えています。
■ 参考コラム
・「睡眠不足で太るのは本当か? ― 研究データから読み解く正しい知識」
・「なぜ仰向けでいびきが悪化するのか? ― 寝る向きで変わる気道のしくみ」
・「睡眠と運動の科学 ― 研究データに基づく正しい知識」
・「閉塞性睡眠時無呼吸(OSA):その① 定義・疫学」
・「閉塞性睡眠時無呼吸(OSA):その② 病態・リスク・合併症」
・「閉塞性睡眠時無呼吸(OSA):その③ 治療 “あなたの無呼吸は、どのタイプですか?」
【執筆】
星野哲朗
日本睡眠学会 指導医・総合専門医
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会 専門医