睡眠と運動の科学 ― 研究データに基づく正しい知識
運動は睡眠の質を改善することが、多くの研究で証明されています。
しかし実際には、
睡眠が悪い → 運動できない
運動しない → 睡眠が悪い
という悪循環に陥っている方も少なくありません。
この悪循環、心当たりはないでしょうか。
「運動すれば眠れるようになる」とよく言われますが、
・いつ運動すればいいのか
・どれくらいの強さが適切なのか
・どんな運動が効果的なのか
ここまで踏み込んだ情報は、あまり知られていません。
実は、運動と睡眠の関係については質の高い研究が数多く存在します。
今回はその中から、特に重要な論文を5本ご紹介します。
論文の「エビデンスレベル」について
医学研究にはさまざまな手法がありますが、今回紹介するのは最もエビデンスレベルが高いとされる2種類の研究です。
メタ解析(meta-analysis)
複数の研究データを統合して、1つの大きな結論を出す手法です。たとえば「運動と睡眠」に関する研究が世界中に60本あったとして、それを全部まとめて数値的に分析するようなイメージです。1本の研究で「効果あり」と出ても偶然かもしれませんが、60本まとめて「効果あり」と出れば、信頼性は格段に高くなります。エビデンスのピラミッドの頂点に位置する研究手法です。
ランダム化比較試験(RCT: Randomized Controlled Trial)
参加者をランダムに「運動するグループ」と「運動しないグループ」に分けて、両者を比較する研究デザインです。「たまたま運動好きな人が睡眠もいいだけ」という偏りを排除できるため、因果関係を証明できる最も強力な研究手法のひとつです。
以下で紹介する5本は、すべてこのどちらかに該当する論文です。
論文① そもそも運動って睡眠に効くの?
The effect of physical activity on sleep: a meta-analytic review. Kredlow MA, et al. J Behav Med. 2015; 38(3): 427-449.
66本の研究を統合した大規模メタ解析です。
結論:運動は睡眠を改善する。
具体的には、
・総睡眠時間が延びる
・入眠にかかる時間(入眠潜時)が短くなる
・中途覚醒が減る
・主観的な睡眠の質が向上する
一回きりの運動(急性効果)でも、習慣的な運動(慢性効果)でも、いずれも睡眠の改善が確認されました。特に習慣的な運動のほうが効果は大きいとされています。
運動と睡眠に関する研究を語るうえで、この論文はまず外せません。
論文②不眠症にも効く? - 運動で不眠を改善
Aerobic exercise improves self-reported sleep and quality of life in older adults with insomnia. Reid KJ, et al. Sleep Med. 2010; 11(9): 934-940.
不眠症の高齢者を対象に、16週間の有酸素運動プログラム(週4回×約30分、中等度の強度)を行ったRCTです。
結果:有酸素運動(ウォーキングやジョギングなど)は不眠を改善する
具体的には
・PSQI(ピッツバーグ睡眠質問票)のスコアが有意に改善
・日中の眠気が軽減
・抑うつ症状の改善
・生活の質(QOL)の向上
つまり、薬を使わず、運動だけで不眠が改善したということです。しかもこの効果は睡眠だけにとどまらず、日中の活力や気分にまで波及していました。
論文③「夜に運動したら眠れなくなる」はウソ?
「寝る前に運動すると交感神経が興奮して眠れなくなる」
こう聞いたことがある方は多いのではないでしょうか。この論文は、23本の研究をまとめてこの常識に真っ向から挑みました。
結果:夜の運動は睡眠を悪化させなかった。
具体的には
・徐波睡眠(深い睡眠)が増加し、入眠潜時が短縮した
・ただし例外が1つ:就寝1時間以内の高強度運動は入眠を遅らせる可能性がある
つまり、仕事帰りにジムに行って運動してから寝る、というスタイルは問題ない。ただし、シャワーを浴びて少し落ち着く時間(1時間程度)を確保すれば、それで十分です。
論文④ 中等度の運動で、客観的にも睡眠が改善(PSGで検証)
この研究が優れているのは、睡眠の評価にPSG(ポリソムノグラフィ = 睡眠の精密検査)を使っている点です。「よく眠れた気がする」という主観ではなく、脳波で客観的に測定しています。
中等度の有酸素運動を週に数回行った群では:
・NREM睡眠(ノンレム睡眠:体と脳が休まる深い睡眠)の持続時間が延長
・主観的な睡眠の質も同時に改善
「気のせい」ではなく、脳波レベルで睡眠が変わったことを示した重要なRCTです。
論文⑤ 有酸素 vs 筋トレ vs ヨガ ― 何が一番効く?
RCTだけを集めてメタ解析した論文です。運動の種類別に効果を比較した結果:
・有酸素運動(ウォーキング、ジョギングなど)→ 睡眠の質を有意に改善
・マインドボディ運動(ヨガ、太極拳など)→ 睡眠の質を有意に改善
・いずれも主に**主観的な睡眠の質(PSQI)**が改善
・有酸素運動+睡眠衛生指導の組み合わせが最も効果的
有酸素運動とヨガ系の運動のどちらも効果があるということは、「激しい運動が苦手な方でも、ウォーキングや軽い運動で睡眠は改善できる」ということです。
まとめ ― 結局、いつ・どれくらい・何をすればいいの?
5本の論文から見えてくる答えは、意外とシンプルです。
運動の種類: 有酸素運動(ウォーキング、ジョギング、水泳など)が最もエビデンスが豊富。ヨガ・太極拳でも効果あり。
強度: 中等度(ややきつい〜会話ができる程度)で十分。
頻度: 週3〜4回、1回30分程度。
時間帯: いつでもOK。夜でも問題なし。ただし就寝直前(1時間以内)の激しい運動だけは避ける。
継続期間: 数週間〜数か月で効果が出はじめる。
最後にもう一度。睡眠と運動は双方向の関係にあります。
よく眠れば、翌日の体が動く。 体を動かせば、その夜の眠りが深くなる。
どちらが先でも構いません。できるほうから始めてみてください。
■ 参考コラム
・「研究データから見る寝不足とパフォーマンス低下」
・「ヒトは一日何時間眠ればよいのか」
・「寝だめはできるのか? ― 研究データから見る寝だめの限界」
・「なぜ人は眠たくなるのか? ― 睡眠を引き起こす2つの仕組み」
・「寝る前にスマホを見ると眠れなくなるのはなぜ? ― 光と脳の"覚醒スイッチ"の仕組み」
・「カフェインは何時間前までOK? 睡眠を壊さないための正しい知識」
星野哲朗
日本睡眠学会 指導医・総合専門医
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会 専門医